みとのひとりごと

関西人、東京在住。人生いまだ考え中。昭和の残香がするすみっこが好き。

清水富美加と新興宗教

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 宗教の生きる上での意味が薄れて、ずいぶん経つ。
 そもそも人が生きていく上で拠り所が必要なわけだが、その拠り所としての宗教は太古から大きな存在だった。
 そうした中で新興宗教は、高度経済成長時代の都会で、大きく広がった。
 それは、当たり前のことだ。地縁から切り離されて都会に吸収された若者が求めていた拠り所(居場所)を提供したからだ。戦後の信仰宗教は大きく伸び、その代表が、創価学会であり、生長の家であり、大本教などの戦前戦後の新興宗教だった。
 清水富美加の問題で一躍再注目された幸福の科学は実は、こうした第一次信仰宗教とは違う、70年代からバブル前後に出現した第二次信仰宗教に分類される。
幸福の科学が誕生したのは確か1986年で、それはバブルと共に大きく拡大した。(まぁ大川隆法はおやじも新興宗教化で、ある意味サラブレットでもあるのだが笑)オーム真理教、ワールドメイトなどが同時期に誕生した新興宗教に当たるはずだ。

 幸福の科学の発展は、大川隆法総裁のキャラクターによるところが大きい。
大川隆法の守護霊本をマスメディアは際物のように扱うが、意外とそれは正当な部分もある。守護霊という入り口が面白過ぎるので、みんなそちらに目が行くが、それはどちらかとというと解説本の意味合いが強い。時代のキーパーソン(そうじゃない人間も多いが)を、大川隆法が独自の解釈で、その方向性を論じる。それはある種の評論本(解説本)と捉えると、かなりはちゃめちゃな論点の作品(守護霊)もあるが、実はけっこうまっとうな視点のものも少なくない。テレビで自称文化人が話すとんでも持論よりまっとうな解説も実は少なくない。マスメディアがそれを報じないだけで。

 話が脱線してしまったが、拠り所を求めるツールためのツールとして、かつては日本には仏教が存在した。しかし明治維新後にそれは徐々に希薄化し、
戦後の希薄化は加速化した。その隙間を埋めるために存在したのが、戦後に急拡大した新興宗教だったわけだ。
 時は流れ、ネット時代に突入した今、新興宗教の影響力も大きく減少した。ネットによるロングテール減少で興味(拠り所)の多様化が進んだからだ。
ただその一方で新興宗教という深みにはまる人も増えた。その代表がかつてにオーム真理教になるのだろう。
 人は物語性を求める。自分がこの世界で必要とされている確固たる確信(物語)だ。しかし効率化を追求した世界では、物語性を得ることは難しい。
それが俗にいう心の隙間というものだ。それがスポッと心に入りこんだとき、新興宗教に人ははまりこむ。昔は新興宗教に入る間口も広くその中の人間にもある程度多様性が存在したのだが、今は心に隙間がある似たタイプの人間が集まるようになった。拠り所の多様化とはそういうことだ。
 幸福の科学と共に生きることを決めた清水富美加が、これからどうなるかは分からない。ただ言えることは、彼女は今はとても幸せだということだ。拠り所を持ち、それに従って生きれるということは、とても幸せそうに見える。自分がそれを選ぶかどうかは別にして、生きる答えにつながる生き方は、今の僕には羨ましい