みとのひとりごと

30歳を過ぎてから上京したアラフォーの関西人。独身。人生いまだ考え中。昭和の残香がするすみっこが好き。

誹謗中傷に文句をいうなら、過剰賞賛もやめてほしい。

 木村花さんのテラスハウス動画捏造による自殺から、ネット有名人が芸能人の間で、誹謗中傷批判がまんえいしているのだが、何か違うなと、個人的には感じている。木村花さんの件が可哀そうなのわ、自分の意志、自分としての発信でなく、自分としての関与しないところによる、悪意のあるフジテレビの編集により、誹謗中傷が起こってしまったことが問題なわけで、自業自得が招いた炎上系芸人の誹謗中傷は自業自得であり、それを批判する資格はないと個人的には思っている。

 有名人とは個人のキャラクター(思考)にレバレッジをかけて儲けようという人種であり、うまくはまり込めば、一般人が手に入れることがでない富を一瞬で手に入れることも可能だろう。かつてそれは芸能人、芸術家など一部のクラスターに限られていたが、それがネットにより万人に開放されたのは、別にいいとも悪いとも思わない。

 人生とはリスクとリターンのギャンブルであり、リスクをとった人間は、想定外のリターンを得られることもある。それだけのこと。小リスクの人生には小リターンの未来しかまっていないのは、まぁ資本主義社会では仕方ないことだろう。

 話を誹謗中傷に戻す。誹謗中傷を批判するに人間は、過剰賞賛には無関心、むしろウェルカムであることが、すごい滑稽だ。自分をいくら褒めてくれるのは多いにけっこうだけど、批判されると突然逆切れする。今回の誹謗中傷にコメントする人間たちに、こういった薄さが目立ち過ぎて、馬鹿馬鹿しく、同じくらい切ない。ホリエモンとかイケハヤあたりは、その代表的なダメな例だろう。もし自分は褒められたくて、認められたくて自分の意志で極論意見を発信するなら、その誹謗中傷も受け入れなくてはならない。それがフェアというものだ。それが分からない人間は、誰からも相手されなくなるか、新興宗教の教祖にでもなるしかない。そんなことをなんとなく考えていた。