みとのひとりごと

40代独身、人生散歩中。

かあちゃんへのちょっとだけ遅い手紙。

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 かあちゃんが12月22日に、亡くなった。70歳だった。もっと悲しい想いをしている人は多いだろうけども、オレにとっては、ちょっと早かった別れだった。

一緒に長野・安曇野で住んでる弟から朝10時過ぎに泣きながらの電話があり、そこから一回家に戻り、とりあえず喪服といくばくかの生活用品だけを持って実家に向かった。安曇野はけっこう遠く、実家には18時過ぎに着いた。自宅で対面したかあちゃんは安らかな顔をしていて、何かとても現実感がなかった。かあちゃんに脳腫瘍が見つかったのは去年の11月だった。それまで健康過ぎるくらい健康で、それまで病気らしい病気したことないかあちゃんで、ばあちゃんが今も95歳で元気なことから、全く心配してなかったんだけど、突然おかしな言葉を発するようになり、病院に行くと脳腫瘍が発見され、緊急入院。2日後に手術が行われた。手術は12時間に及んだが、術後の経過は悪くなく、1カ月以上の入院となったが、12月中旬には退院できた。

 でも今年の正月はコロナ感染の拡大がひど過ぎて、病み上がりのかあちゃんにコロナをうつす可能性が怖くて、帰省できなかった。退院後のかあちゃんとの電話で元気な声を聞いたことも安心につながり、帰省しなかった。その後帰省したのは、4月の桜の季節だった。松本城に家族に行ったんだけど、その頃のかあちゃんは少しトンチンカンなことを言う時もあったが、健康に見えてまだ安心していた。その後6月、9月、10月、11月とコロナ禍の中で帰省しにくい状況だったんだけど、なんとかタイミングを見つけて実家に帰省したが、帰るたびにかあちゃんの具合は悪くなっていた。10月に帰省したときには一緒にトランプのババ抜きをしようとしたがルールが分からずできず、寂しかった。そして10月の帰省時に一緒に散歩している時に、脳腫瘍からのてんかんで散歩中に倒れ、救急車に運ばれた。その後かあちゃんの容体は一気に悪くなり、11月前半に帰省した時は、た自分で満足に食事できない状態になっていた。でもその後すぐにかあちゃんはまた入院し、12月14日に実家に帰ってきて、25日には実家に帰ってかあちゃんと過ごそうと思った矢先でのお別れとなった。かあちゃんは50代後半に安曇野に移住したんだけど、地元の友達は多く、コーラス仲間や地元の友達がたくさん来てくれ、時間はほとんどなかったんだけど、オレの知らなかったかあちゃんとの想い出エピソードを聞かせてくれて、嬉しかったよ、ほんと。

 かあちゃんのこと、ほんと大好きだったな。男はみんなマザコンと言われるが、オレもマザコンだったんだろうな、これまでそんなに深く自覚したことはなかったのだけど。かあちゃん美大卒で、絵とパットワークと、歌(コーラス)と、仲間との時間と笑顔を大切する気のいい人だったな。偏屈で理論家のオレ(多分とうちゃん似…)には羨ましい人間で、そして毎日をとても楽しんでいた。オレの生き方も自由にさせてくれ、大学を累計3年間休学して、自転車で日本一周するだとか、世界を放浪して一周するだとかの中2病的なオレのわがままを笑い飛ばして許してくれた、感謝しかない。最初に就職した時も26歳だったし、その後もライター系の浮世草的な仕事をけっこう点々としてきたオレに文句も言わず、ミドフォーの今まで独身だったオレにも愚痴一つ言わなかったしね。かあちゃんと離れて暮らしてからも、大阪に住んでた時も東京に住んでた時もたまに遊びに来てくれて、一緒に東京タワーに歩いて登るだとか、いろいろな美術館に行くとかミュージカル観に行くとか、けっこう一緒に遊んだね。ちなみにかあちゃんは池袋の岡本太郎美術館が好きだったんだよね笑。

 かあちゃん筆まめで絵葉書が大好きな人間で、ことあるごとイラストを書いた絵葉書を送ってきてくれていた。筆不精はオレはなかなかかあちゃんに葉書を返すことはできなかったんだけど、かあちゃんの絵葉書の優しいイラストに救われたことも少なくなかった。ありがとうな、かあちゃん。葉書じゃないけど、このブログの文書をかあちゃんへの久しぶりの葉書の返信としていいよね。少し遅くなったけど、それぐらい優しいかあちゃんなら、許してくれるだろう、多分。実家に飾ってあったかあちゃんの絵、イラストを見て、そして今家に戻ってからも、かあちゃんの送ってきてくれた絵葉書を見返している。かあちゃんの優しいイラストに、かあちゃんはこれまでの毎日の暮らし丁寧に楽しんできたんだなと、少し嬉しくなり、かあちゃんを亡くした気持ちが少しだけ軽くなった。なんとなく実家の一角に、かあちゃんの仏壇の近くにでもかあちゃんお絵葉書やイラストを集めたかあちゃんの作品展でも作ろうと今考えていて、今日ダイソーでいろいろと資材を買ってきて、かあちゃんの作品展のための準備を今日かから始めている。かあちゃんの絵に触れれば触れるほどに、かあちゃんの優しい気持ちにも改めて感じられて、今かあちゃんと別れた悲しみも少しは癒されている。「親ガチャ」という言葉はあんまり好きでないけど、昔は不満もあったけど、俺は無条件に「親ガチャ」では当たりだったと思ってるよ、かあちゃん。うん。おれ、かあちゃんの子どもで良かったよ、ほんとに。

 上から目線で申し訳ないが、これを読んでいる不特定な読者さんへ。今あなたのかあちゃんが元気でも、別れはほんと突然来るかもしれない。今このときのかあちゃんの時間を、ささいな一緒な幸せな時間を少しだけでもかみしても過ごしてほしい。それがいつかは大切な想い出になるか。最後に、これまで、ありがとうかあちゃん。でも、これからもずっと見守っていてね。オレと一緒に、まだかあちゃんの物語も続いているからね笑。

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