少しだけ概念的な話をしたい。米国トランプ大統領の再選に伴う世界の混乱と分断の加速、かつてはメディアの圧倒的な勝ち組だったフジテレビの中居正広への女子アナ上納問題からの混乱と凋落など、少し前までは想定していなかった出来事が2025年の年明け1カ月も経たずに、相次いで起こった。まさに日本、そして世界も、時代の転換期の中の大きな渦中を迎えている。
今年、2025年は、昭和100年の節目だが、時代が大転換期を迎える時間軸としては、第二次世界大戦のズタボロの敗戦からスタートした戦後80年の方がはるかに意味が大きい。そして戦後80年は、第二次世界大戦の戦勝国となり世界の覇者として新たな歩みを強めた米国をはじめ、世界的も大きな転換期となる。80年という周期は、それまで延命していた古い仕組みが完全に通用しなくなり新たな枠組みに変わる転機であり、賞味期限が切れた後もなんとか運用してきた仕組みが、遂には消費期限も大幅に過ぎ、終焉を迎えるタイミングとなる。日本のこの80年間は、焼け野原から、高度成長期を経て、バブル崩壊、そして日本終焉を悪寒させる今の円高、安いニッポン局面まで、新たなシステムによる成長から制度疲労よる大失速までを経験している。
日本はこれまでも幾つもの80年周期の興亡を経験してきた。近代日本が、幕末の混乱期、明治維新を経て明治政府が発足したのは1968年。その後日本は大きな変革期を迎え、「坂の上の雲」を夢見て富国強兵に突き進み、そして無謀な太平洋戦争に敗北した1945年までの77年間は、まさに80年周期の一つの時代の興亡を経験したと言えるだろう。明治維新は言わば一連の近代化改革で、封建制の幕藩体制が崩れ、中央集権統一国家と資本主義社会への移行のための政治的・社会的な変革が加速。1871年の廃藩置県、1873年の地租改正など多くの改革が進み、士族の最後の抵抗となった1877年の西南戦争を経て新たな時代の土台が整った。この明治の最初の10年間は、まさに実を切る変革に突き進んだ時代だったが、当時の変革への危機感は、今の世界にも重なる。それと同じことが今まさに起きており、コロナ禍を経て世界のパワーバランスが変容した2022年を分岐点に、世界の混乱と不透明化は加速し、日本を取り巻く問題も一気に顕在化した。
1868年以前の日本人は士族も庶民も、10年後には幕府も藩も武士もなくなり、庶民が正式に苗字を名乗れる時代が来るとは想像できなかっただろう。遠くない未来、それに近い思いを、肌で強く感じるのかもしれない。一方で変革期はチャンスの宝庫でもあり、月並みだが明治維新の変革でチャンスを掴んだ若者たちが、いくつもの屍(敗者)を踏み台にして、新たな時代を創ったことも、歴史が証明する。とにかく前を向き、変革へ向き合うしかない。そんな薄い覚悟を、最近の晩酌のマイ定番のタカラの「焼酎ハイボール ラムネ割り」をちびちび飲みながら、浅く思う次第だ。