みとのひとりごと

40代独身、人生散歩中。

知らない人の知らない歌を聴くこと。あるいは他人の青春時代に想いを馳せる。

 昨日(3月24日)の日曜日、知らない人の知らない歌を聴きに行った。渋谷の伝承ホール。知り合いのオッサン(60代前半)に少し前に誘われ、特に用事がなかったしチケットはタダでいいとのことだったので、行くことにした。永井龍雲という、40~45年前に流行ったフォークシンガーで今66歳。今年でデビュー47周年らしい。その時、初めて聞いた名前だった。一応ライブに行く数日前に少しだけユーチューブで予習だけはしていったんだが、「道標のない道」という歌が1979年にヒットしたくらいのオッサンからの事前情報。ちなユーチューブのコメント欄を見ていると、金八先生の第1期(たのきんトリオが出ていて、鶴見慎吾が杉田かおるを胎ましたやつ)の最終話で、鉄矢が3年B組の生徒とこの歌をバックに河川敷をみんなで走るシーンに、この「道標のない道」が流れて、ヒットにつながったらしい。その時鉄也がB組生徒にどや顔で語ったセリフが、「君たちは受験戦争で悩んでいるんだろうが、海の向こうでは本当の戦争で苦しんでいる人がいる。だから頑張れ」的な超めんどくさいセリフ。知らんけど。

 閑話休題。ライブ会場は500席くらいのこじんまりした会場で、ちらほらと空席も目立ち客入りは9割くらいだった。何故だか誘ってくれたオッサンとは離れた席に座らさせらので、まったくファンではない人間として周りをまじまじと観察した。来場者はほぼ60,70代で、平均年齢も永井龍雲本人と同じの60代後半の印象。大ヒット曲はデビューすぐの1曲だけなんで、新規ファンの追加はなく、ほぼ昔のファンが持ち上がっている感じなんだろうな。ちな自身のヒット曲はなくとも、五木ひろし氷川きよしをはじめ、演歌歌手にけっこう作詞作曲を提供しているらしい。

 ライブは前トークなく2曲ぶっとおしに歌い、その後トークトーク第一声が活舌の悪い発音で「一平ちゃんやっちゃったね」だった。大谷翔平の通訳の一平氏のカジノ大損、大谷さん肩代わり問題のさなかだったんだけど、トークの第一声がそれかと。まぁ根っからのファンは、彼の野球ファンのことはよく知っているようで、けっこう笑いは取れていたが。ライブでは15曲くらい歌い、何故だが春に母校の小学校に頼まれた校歌もなれないピアノで弾き語っていた。全然知らない人だったんだけど、歌は抜群に上手かった。正統派フォークソングという歌詞とメロディラインばかりだったけど、声は澄んでいて、ギターの音色も正統派の旋律で、正直聞きほれた。ただ歌詞は若干古すぎて、全然共感できなかったのだが。

 なおライブで一番盛り上がった歌は、「還暦の友よ」という歌で、会場はなかなかの盛り上がりだった。横に座っていた推定60代中盤の初老のおばちゃんは、初恋の人を見る少女のように目をうるうる、きらきらさせながら、熱心に龍雲を見つめながら、熱心過ぎる手拍子を送っていた。数週間前で知らない人の歌を聴いているオラと違って、そのおばちゃんは、まさに自分の青春と自分の今を重ねて、憧れの人の歌に一心不乱に入り込んでいた。なんとなくなんだけど、「青春時代に想いを馳せるとは、こういうことなんだ」と妙に腑に落ちて、永井龍雲だけでなく、歌う永井龍雲を一心不乱で没頭する高齢の少女から、しばらく目を離せないでいた。そんな感じだった。

 あと永井龍雲と直接関係ないのだけど、ライブで印象に残ったのが、エルトン永井という70前のピアニストのおっさんだった。ライブ本番とは思えない緊張感のなさ、腹出過ぎの体系。での一たびピアノに触れると、その旋律のすごさはオラにでも違うなと思った。エルトン永井のエルトンは、エルトンジョンのピアノセンスにあやかったのか、ゲイにあやかったか、もしくは昔エルトンジョンに似ていると言われたのかは、知らないが、とにかく見た目とピアノの腕前のギャップにしぶれた。後で調べたら国立音大出身で、過去に松任谷ゆみ、中島みゆき竹内まりやなど大御所のバックでピアノを弾いていたとの経歴で、かなりすごい人にようだった。途中永井龍雲がピアノで弾き語るシーンがあったのだが、その実力差がエルトン永井のピアノの魅力を見せつけるためにあったのかとも思った次第だ。なおエルトン永井は、途中何度から永井龍雲とどうでもいいしょーもないトークを繰り広げていたが、それは置いといて笑。

 なんとなく成り行きで行った知らない人のライブだったが、知らない人の知らない歌を聴くこと。あるいは他人の青春時代に想いを馳せることは、なかなかにいいもんだな。そんなことをふと思った渋谷のライブ会場だった。

 ↓ちな、ライブで一番盛り上がった「還暦の友よ」っすよ。


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